668.元祖ファストフード(2014.5.5掲載)
あるバラエティ番組で、にぎり寿司の値段について潜入調査を行う企画をやっていた。 似たような感じの2組のカップルが別々に高級寿司店に入って全く同じメニューを注文するのだが、片方がよれよれのジャージ姿で片方がブランド服に身を包んだ成金風。 結果は予想通り、成金野郎の支払い額が圧倒的に高かった。当然だろう。メニューに値段表示がないのはそういうことだ。明朗会計を望むなら回転寿司に行けばいい。 ちなみに、1800年代初頭の江戸市中でも、にぎり寿司は明朗会計のファストフードだった。かけそば一杯が16文(240円)の当時、にぎり一貫が4〜8文(60円〜120円)。確かに回転寿司並みだ。ネタはタコ、ハマグリ、キス、サヨリ、コハダ、クルマエビ、穴子などでマグロは不人気。 気軽に手早く食べられるから「ファスト」なわけだが、にぎり寿司はその生い立ち自体もファストである。 古来、寿司といえば魚を米飯に漬けて乳酸発酵させた「なれずし」で、製造には長期間を要していた。気の短い江戸っ子はとても待てない。そこで、乳酸をあきらめ、酢酸(お酢)で寿司飯を調整してネタを乗せるだけのファストフードが完成したのだ。 ここで重要なのがお酢の開発。家業の酒造りにおいて禁忌とされる酢酸発酵にあえて取り組み、にぎり寿司を企画した花屋與兵衛のリクエストに応えてお酢を供給したのが尾張の中野又左右衛門。ミツカンの創業者である。 中野家が酒造メーカーからお酢メーカーに転換を図った19世紀、日本人にとっての酸味が乳酸から酢酸に変わったのだ。 自然界にほとんど存在しない酢酸が、主役に躍り出るほどのファストフード革命。やはり、反対されるようなことに取り組まなければ時代は創れないんだな。 なんとなくコハダをつまみたくなった初夏の昼下がりなのである。
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