673.天神様の細道(2014.6.9掲載)
古い横断歩道に設置されている音響装置付き信号機は、青信号メロディとして童謡「とおりゃんせ」を使用するタイプが多い。 由縁はよく知らないが、「とおりゃんせ」という曲名がよかったのか、はたまた「行きはよいよい帰りは怖い」という歌詞が、交通安全の啓蒙に適していたのか。 本質は、やはりあのおどろおどろしい曲調にあるのではないか。暗いマイナーコードにせかされ、歩調を早める。明るくおおらかな曲でのんびり横断歩道を渡るより、不安できょろきょろの方が安全なのだ。 以前、「タモリ倶楽部」の駅ホーム発車メロディ特集で、専門の作曲家たちが創作テクニックを披露していたのだが、横断歩道同様「あえて中途半端な終わり方の曲にし、不安をあおる」と語っていた。落ち着いた曲だとのんびり乗り遅れてしまうらしい。 怖いながらもとおりゃんせと歩む天神様の細道。さぞかし心細いに違いないが、心細いから細心の注意を払うんだな。 話は変わるが、私にとっての「天神様」は、梅干しの種を割ると出てくる白くて柔らかい核。仁とも呼ばれるそれは、学術的には杯乳かもしれないが、わが実家では天神様だった。 夕食時に毎日梅干しを食べていた父は、まな板の上で種を割り、私に天神様を食べさせてくれた。「これがうまいんだ」。暗い台所で赤い梅干しから出てくる白い天神様は少し妖しく、その柔らかさもまた神秘的だった。 しかし、青梅の天神様にはアミグダリンという青酸配糖体が含まれている。青酸配糖体は胃の中で毒性の高い青酸になる。梅干しになれば消失するらしいが、ちょっと怖い。「梅の種の中には神様がいらっしゃるので食べてはいけない」と親に言われて育った知人もいた。それを毎日食べていた私。アミグダリンでナムアミダブツになるところだった。 横断歩道も梅干しも注意が必要。 天神様の警告は、なかなか効果的なのである。
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