687.昭和のにおい(2014.9.22掲載)
9月9日読売新聞朝刊の「編集手帳」で、昭和のにおい満載の切ない短歌が紹介されていた。 「チャンネルをまだ回してたころだつた家族は丸く小さく座つた」 目黒哲朗 これなんだよな〜。昭和の良さはリアルなディテールにあるのではなく、貧しくとも前向きな切な明るい空気感なんだ。 ときどき昭和の暮らしを再現した街並みや展示館に足を運ぶが、クオリティーが低いとがっかりするし、リアルすぎると哀しくなる。短歌や俳句で時代の機微を表現するのが一番いい塩梅ではないか。 いくつか選んでみた。 「自転車に七夕笹と子を二人」 星野恒彦 やはり自転車は絵になる。軽自動車に子供2人を乗せてホームセンターで笹を買っても風情はないし、「炎天下の駐車場で子供2人が熱中症」的な悪いニュースを想像してしまう。 「水枕ガバリと寒い海がある」 西東三鬼 まさに氷枕の音は「ガバリ」である。くぐもった氷の音は暗闇の北極海のようにおどろおどろしく、ゴムのにおいもまた病床の非日常感を増長してくれる。「熱さまシート」にこんな世界感あるかな。 「前へススメ前へススミテ還ラザル」 池田澄子 やはり避けて通れないのが戦争。この句のカタカナが醸し出す緊張感は尋常じゃない。戦争を知らない世代は、暗唱できるようになるまで読み込むべし。 「人々がもう振り向かぬ昭和あり歌に体温はまだ残りたり」 三枝昂之 ここでの歌は短歌のことを指すらしいが、私は昭和のフォークソングと捉えたい。東京神田にあるフォーク酒場「昭和」が連日予約で満員というから、あの頃の歌の体温はまだ平熱まで下がっていない。 そして、ほとんど昭和を知らない1985年生まれの俳人佐藤文香さんの一句に、昭和を継承してくれる頼もしさを感じた。娯楽のない時代の祭りのイベント性、前夜の高揚感と後の寂しさなんかを見事に閉じ込めている。さすが前述のカタカナ句、池田澄子先生のお弟子さんだけのことはある。 「祭りまで駆けて祭りを駆け抜けて」 佐藤文香
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