709.過保護礼賛(2015.3.2掲載)
最近、大学の入学式や卒業式に関するするニュースで、親の出席がネタとしてよく取り上げられる。「学生1人に両親と両祖父母の総勢6名が付いてきて座席が足りない」てな感じで。 過保護大国ニッポン。こんな状態で軟弱な若者ばかり増えてしまったら世界を相手に戦えるわけがない。 バージニア大学の心理学者たちも、親の過干渉による弊害を報告している。 まず、13歳の子供を対象にアンケートを行い、親が当人を心理的にコントロールする方法をどれくらいの頻度で使っていたかを調査した。例えば、「お前が本当に父のことを思っているなら、父を心配させるようなことはしないはずだ」とプレッシャーをかけられたり、母親と自分の意見が食い違うと母親が不機嫌になる事例があったりしたかを評価する。 その後、この子供たちが18歳になった時、友人や恋人と意見が割れるように意図的に作った仮想の質問に答えてもらい、意見の不一致を解決する能力を調べたのだ。 結果は予想通り。親が過干渉だと、子供は自分の意見を親以外の人に主張する能力が低い。つまりはコミュニケーション能力の欠如。それ見たことかの検証結果。やはり、人間形成には昭和の放置環境が欠かせないな。 ところが、全く逆の説を展開する本に出会ってしまった。吉井妙子著「天才は親が作る」という一流アスリートの親たちへのインタビュー集である。 登場するイチロー、清水宏保、丸山茂樹、杉山愛、武双山、川口能活ら一流選手の親の共通点は、「常識以上に子供と過ごす時間が長い」「子供の道具にお金を惜しまない」「怒った記憶がない」等、とにかくべったりで過保護礼賛。一方、選手側の共通点は「反抗期がない」「反抗する理由が見当たらない」。 つまり、親子で好きなスポーツに打ち込む環境をつくり、熱中し、どうやったらいいプレーができるのかを一緒に考え取り組むのだ。好きなことだから結果が出るまでやり続けることができる。楽しいからやり過ぎはなく、苦労や根性も当てはまらない。ああ、飛雄馬は遠くなりにけり。 中途半端に突き放すより、過保護な方が傑物を生む時代になったのだ。 入学式や卒業式の「過保護映像」も、今年は違って見えるのかもしれないと思う次第である。
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