722.日本人の教養(2015.6.1掲載)
ある雑誌で「いま読むべき教養書」という特集が組まれ、各界の著名人が3冊ずつ教養書を紹介していた。 若き日の暴走で欠落したままの教養を補填すべく、尊敬する宗教学者山折哲雄先生のおすすめ本に挑戦してみた。「マイナーコードの暗いCMソングが減って、いじめが増加した。暗い曲を聞くことで弱者を思いやる心が醸成される」という説に感銘を受けて以来、山折先生のファンなのである。 寺田寅彦「日本人の自然観」 寺田は日本の自然を「慈母」と「厳父」に例えている。目に美しく、惜しみなく恵みを与えて人を包み込む母なる自然は、同時に地震や台風といった刑罰のむちを振り下ろす厳しい父親でもあると。 こうした自然の二面性と付き合うことが日本人の思想や学問に影響を与え、不安定な自然との折り合いが「天然の無常」観を日本人に植え付けた。逆に、自然災害の少ない欧州では自然を客観的に分析、検証する科学が発達したという。 和辻哲郎「風土」 和辻は世界の地域を「モンスーン」「砂漠」「牧場」の3つに分けた。モンスーンは東アジアから東南アジア、砂漠は中東やアフリカ、牧場は主にヨーロッパとなり、この分類が民族、宗教、経済、芸術とリンクするとした先見の明に驚かされる。 そして、モンスーン地域の日本人は、台風によって性格が形づくられた。時期やコースをある程度予測できる台風への備えが、家族やムラなどの共同体を重視する考えを生んだのだ。 谷崎潤一郎「恋愛及び色情」 日本人の性欲が西洋人に比べて弱いのは、湿潤な風土の影響らしい。明るい日差しと乾燥した空気の西洋と違い、湿気の中で暮らす日本人は疲労を回避すべく淡泊にならざるを得ない。そのかわり不屈の粘りで武士道や農業に精進し、一流の国家になったのである。 実はこれら3作品、すべて関東大震災から10年の間に書かれたもの。不条理な自然災害と戦い、無常の中で生きる知恵を育んだ日本人の特性を「復興」という時代背景の中で語っている。 まさに、震災後のいま真価を発揮するタイムリーな教養書だと思った。
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