727.習慣(2015.7.6掲載)
行きつけの床屋のおやじには面白いクセがある。 それは、客との会話が弾めば弾むほど仕事が丁寧になるということ。 無口でカットすると40分のざっくり仕事で終わってしまうが、おしゃべりカットだと丁寧に何度も微調整して60分。本人は「同じだ」と言い張るが、客側としてはとにかく毎回会話が盛り上がるよう心掛けている。 理容美容専門学校には客との会話術を学ぶ授業があるらしいが、その基本は2つ。「どんなに会話が弾んでも手は止めずにカットを完ぺきにこなす」ことと、「どんなに熟知したことを客が話しても初めて聞いたリアクションを取る」こと。 特に前者は難易度が高く、無意識にハサミを動かせる「習慣化」の技術が必要になってくる。 最近、この「習慣」を形成する脳回路がマサチューセッツ工科大学のグレイビエル博士らによって特定された。無意識に行っている歯磨きや慣れた道の運転において、脳がどう行動をルーチン化しているかを研究したのだ。本来の研究目的は、アルコールやギャンブル依存などの悪い習慣を制御できる可能性を探ることだが。 ある行動が習慣かどうかを判定するテストがある。まず、ケージの中のラットに、レバーを押すと報酬として餌がもらえることを学習させる。次に、報酬の「価値を減じる」操作をする。例えば、その餌を飽きるまで食べさせたり、餌を食べた後に軽度の吐き気を催す薬を与えたりする。その後、それでもレバーを押すかどうかを観察するのだ。報酬が不快になってもレバーを押せば、その行為は習慣化していることになる。 このような実験の結果、人は3つのステップを経て習慣を学習し、定着させることが分かってきた。「新しい行動の吟味」→「習慣の形成」→「脳への刷り込みと行動の許可」の3つである。よって、悪い習慣を阻止するには、3番目の「行動の許可」信号をオフにすればいいのだ。 先日、件の床屋で会話を盛り上げ、60分コースできっちりカットしてもらった。話のネタは20年前から習慣化している毎週土曜日の早朝の洗車。冬場の日の出前は暗闇のただ中だが、ルーチン化された洗車に照明は不要。 この話に乗ってきた床屋のおやじが暗闇でのカットを提案してきた。 もちろん丁重にお断りした。
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