768.にくきもの(2016.5.2掲載)
平安時代のエッセイ「枕草子」で、清少納言が「にくきもの」を語るコーナーがある。現代語訳的には「ムカつくこと」である。 「今参りのさし越えて、物知り顔に教へやうなること言ひうしろ見たる、いとにくし」 →新入りが先輩を差し置いて物知り顔で世話を焼くのはムカつく。 「あけていで入る所たてぬ人、いとにくし」 →開けっ放しでドアを閉めない人はムカつく。 「蚤(のみ)もいとにくし。衣の下に躍りありきて、もたぐるやうにする」 →ノミが着物の下ではね回って持ち上げようとするのはムカつく。 物知り顔の新人とドアを閉めない人は、現代でも通ずるありがちな存在だが、ノミがはね回るのはかなりレア。つまり、人の心やしつけは1000年経っても変わらないが、防虫技術の進歩は目覚ましいということ。 これぞ大日本除虫菊の創業者、上山英一郎氏の功績である。 上山氏は、1885年にアメリカの貿易商からユーゴスラビア原産の除虫菊の種を譲り受け、日本で栽培を始めた。除虫菊は昆虫を寄せ付けない働きが知られていて、氏は収穫した除虫菊を乾燥粉末にし、「ノミ取り粉」として販売した。清少納言のムカつきが解決したのだ。 その後、仏壇線香を参考に「蚊取り線香」ができ、1902年には渦巻型に進化。1967年から始めた美空ひばりのCM効果で「金鳥の夏、日本の夏」が定着したのである。 除虫菊の有効成分は「ピレスロイド」と呼ばれていて、昆虫には効くが人間には無害というすぐれもの。現在では、このピレスロイドを蒸散する電子蚊取りが主流になってきたが、やはり、あの昭和の香りにはかなわない。 毎年夏になると、地元の老舗旅館の広大な庭園に設けられた納涼床にござを敷き、夕涼みを堪能するのだが、何も言わないと電子蚊取りを設置されてしまう。風情台無しにつき、蚊取り線香の予約も必須なのだ。 「日本の夏に電子的ピレスロイドで虫除けするは、いとにくし」
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