771.偶然もチャンスに変える(2016.5.23掲載)
時々、進路選択を目前にした高校生や大学生を対象に、キャリアデザインの講義を行うことがある。悩める若人に食品メーカーの楽しさを提示し、選択肢の一つに加えてもらおうという下心である。 その際、サブテーマとして「偶然もチャンスに変える生き方が好きよ」というセーラームーンの主題歌の一節を引用し、実際に楽曲を流す。 高校生の3割が将来の職業を決めて大学を選択しているという現況において、もっと行き当たりばったりで肩の力を抜き、「偶然もチャンスに変える」将来設計もあるぞという主旨の講義なのである。 そして、偶然もチャンスに変えた食品の事例として「かつお節」「納豆」「酢」などの発酵食品を紹介し、食品業界へといざなう。 かつお節…江戸初期に完成したかつお節は、煮たカツオを煙でいぶしただけの「荒節」で、日持ちのしない食品だった。元禄時代のある日、偶然かびてしまった荒節を食べたところ、味がまろやかになっている上に保存性が向上することがわかった。日本人の知恵で「枯節」が完成した瞬間である。 納豆…鎌倉時代、武士が煮豆を藁で包んで馬で運んでいた時、馬の体温と藁の納豆菌で煮豆が発酵し、納豆が完成した。馬、藁、煮豆+最初に食べた人の勇気という偶然が重なり、チャンスが到来したのだ。 酢…華屋与兵衛と中埜又左衛門の偶然の出会い。江戸で寿司の屋台を引いていた与兵衛は、当時主流だった「なれずし」の発酵期間の長さに頭を痛めていた。気の短い江戸ッ子に、目の前で即にぎりを出したい。そこで、乳酸の酸味をあきらめ、酒屋の又左衛門に酢の生産を依頼した。アルコール発酵の失敗産物である酢酸を商品に変えた又左衛門。ミツカンの創業者である。 ここで少し反省。偶然もチャンスに変えたこれらの発酵食品に罪は無いが、自身の行き当たりばったり人生を無理やり肯定しようとする講義に問題は無いのか。若人に綱渡り人生を押しつけていいのかと。 そりゃ、早い段階からしっかりとした人生設計と目標設定があるに越したことはない。ただ、設計通り行かないのが人生。その修羅場と土壇場を乗り切るヒントとして発酵食品を取り上げたのだ。 この思考回路こそ、日本人気質の原点ではないかと思う次第である。
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