802.年神様(2017.1.9掲載)
本来、日本のお正月は「年神様」を迎える儀式として存在した。 家族を厄災から守ってくれた年神様を家に迎え、一年間無事に過ごせたことを感謝しつつ、新年の幸福祈願を込めてもてなす。だから、我が家の入口がよくわかるように門松を立て、年神様と共におせち料理を食べるために両方の先端が細くなった「両口箸」を準備する。 その時、年神様は「年もち」を配り、この餅をもらった瞬間に人間は1つ年齢を重ねる。だから、昔は正月を境に年齢が変わっていた。年もちの名残がお年玉だが、大人になると年を食うばかりでお年玉がもらえないのは不条理だな。 このような感謝と祈りに満ちた厳粛な神事が起源なわけだから、浮かれたカウントダウンと騒々しい初詣はあるべき姿とは程遠い。 静かだった昭和の正月。 一切の活動を停止した町の凛と張りつめた空気。親戚一同が集まった部屋に漂う練炭の匂い。すごろくに飽きて飛び出した広場にこだまするベーゴマの音。しびれるほどになつかしい。 そんな昭和の正月のかけらでも体験できるかと期待し、お台場の「台場一丁目商店街」を覗いてみた。昭和30年代の下町を再現したこの商店街、スバル360が止まっていたり、赤い屋根の電話ボックスがあったり、ホーローの看板があったりとディテールに抜かりはないし、ベーゴマ大会やけん玉大会などの演出も完璧。 だが、期待していたものは何ひとつなかった。空気、匂い、音、全てちがう。年間来場者数250万人で売上20億円を目論むわけだから当然のように人であふれ、そこには騒々しい「今」しかなかった。これでは年神様も逃げ出してしまう。 ところが、意外な場所に昭和の正月はあった。それは地元の工業試験場。さすがは公的施設、仕事始めの第1週目は活動停止状態で空気は凛。閑散とした建物の中にはひねもす暖を取るストーブの匂いが漂い、ときおりフラスコの触れあう音が人気のない廊下に響く。あぁ、この雰囲気だ。私たちの税金で作ったレトロ正月のテーマパーク。 年神様のご加護があらんことを。
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