815.プレゼン道場(2017.4.10掲載)
新聞の1面コラムは古典落語のネタを絡めて世相を斬るのが好きだ。 特に読売新聞の「編集手帳」は「唐茄子屋政談」にご執心で、小生の記憶では噺の主人公である放蕩者の若旦那が3回も登場している。 2010年8月20日…「蚊の日」にちなんで正岡子規の蚊に関する逸話や、若旦那が「こんな馬鹿ァ蚊が刺すもんかい。こいつ刺しゃ蚊が馬鹿ンなっちゃう」とおじさんに言われる場面を紹介。 2014年3月7日…若旦那が慣れない唐茄子の商いに出て往来でへたばった時、通行人が助けてくれる場面とニュースになった通り魔事件をかけ、「人情」と「刃傷」というオチで締める。 2017年3月10日…2010年と同じ場面から入って蚊取り線香が日本化学会の「化学遺産」に選ばれたという話に進み、「蚊に食われそうもない面々が紙面を騒がせている」と締める。 以上3回。この傾向を職場の若手スタッフに突き付け、落語を聴かないと新聞が楽しく読めないぞと脅し、最終的にはプレゼン道場と銘打つ落語鑑賞会に引きずり込むのだ。 事実、落語はプレゼンの手本になる。 まず、熱くなり過ぎない落語の語り口がプレゼントークにはぴったりだということ。俯瞰で語る話芸だから客観的に状況が伝わる。熱い情熱プレゼンは引かれてしまうから、ここは芝居より落語。 次に、強弱、リズム、間合いという話術がそのまま使えるということ。噺の世界に引きずり込むリズム感を会得すれば、オーディエンスの洗脳も可能ではないか。 最後に、準備した内容を会場の空気で変える応用力が身につくということ。噺家はマクラで客層を把握し、その日のネタを決める。プレゼンも然り。準備した内容をそのまましゃべるのではなく、臨機応変に変更することが真の顧客満足なのだ。 こんな感じのお手本だが、のめり込み過ぎると落語がやりたくなり、ヘボ噺を無理やり聴かされる犠牲者が出てしまう。 まあ、大旦那のヘボ義太夫を無理やり聴かされる「寝床」という古典落語があるくらいだから、これも真理か。 まだまだ寄席通いが続きそうな気配である。
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