832.森鴎外(2017.8.7掲載)
科学史の闇に名を残したマッドサイエンティストを紹介するNHK「フランケンシュタインの誘惑」、6月29日の放送は森鴎外が主役だった(本名は森林太郎)。 「舞姫」「山椒大夫」「阿部一族」など、作家として名をはせた森鴎外だが本業は陸軍軍医。19歳で東大医学部を卒業したエリートなのだ。そして、エリートゆえの悲劇を巻き起こしてしまう。 日清日露戦争時、兵隊は脚気に苦しみ脚気による病死者が戦死者以上にいた。白米に疑いがかかるも、森は脚気細菌説を主張し、1日6杯の白米で脚気は防げると言いながら死者を出し続けた。 対する海軍は、軍医高木兼寛が麦飯で脚気は根絶できることを実験データで証明して麦飯を導入。海軍の脚気死者ほぼゼロを達成した。脚気はビタミンB1欠乏症。胚芽部分に含まれるビタミンB1をそぎ落とす白米中心の食事だと、脚気になるのは当然ともいえる。 なのに、プライドの高い森鴎外と陸軍は、決して麦飯を取り入れようとはしなかった。兵士の数が多い陸軍において、麦飯の供給には限界があるという事情を考慮しても、少し頑固すぎた。 高級な白米より安い麦飯を食べたほうが健康になるという皮肉。 参勤交代で念願の江戸詰めになると体調が悪くなり、田舎に戻ると健康体に戻るという「江戸わずらい」もビタミンB1欠乏症だったし、刑務所の服役で麦3割配合食を続けたら糖尿病が改善したという事例もある。 昨今のシリアルブームで雑穀が高値で売られているが、昔の田舎や塀の中で暮らした人にとってはちゃんちゃらおかしい話ではないか。 白米至上主義とくだらないプライドのせいで、日本はビタミン研究の世界で後れを取ってしまう。救いは、世界が高木兼寛を評価していること。 フランスの南極探検隊は、1905年に発見した岬を「高木岬」と名付けた。長期航海で脚気に悩まされていたが、高木兼寛の研究のおかげで改善。敬意を表しての命名だった。耳を貸さなかった陸軍とは大違いである。 大東亜戦争への迷走は、ここから始まっていたのかもしれない。
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