836.天神様(2017.9.11掲載)
本体のほんの一部にしか存在しない、プレミアムな味というものがある。 横綱あられに2、3枚入っているえび満月せんべいとか、味ごのみに2、3匹入っている味付けいりことか、ごはんのおこげとか、魚の煮つけのほほ肉とか。 高知名物に「ぼうしパン」というのがあって、プレミアムな端っこの耳の部分だけを「ぼうしのみみ」としてヤマザキが商品化したのだが、贅沢感はあまりなかった。 貴重な存在だからおいしく感じるわけで、「これでどうだ」って出されると、片想いが成就したとたんにパワーダウンするように、プレミアム感が薄れてしまってちょっと残念。 そんな片想い食品に梅干しの天神様がある。梅干しの種を割ると出てくる白くて柔らかい核。仁とも呼ばれるそれは、植物学的には胚乳かな。 夕食時、毎日梅干しを食べていた父は、まな板の上で種を割って天神様を食べさせてくれた。「これがうまいんだ」。赤い梅干しから出てくる白い天神様は子供心に神秘的であり、あの柔らかさもまた妖しかった。 しかし、である。天神様にはアミグダリンと呼ばれる青酸配糖体が多く含まれているらしい。青梅中毒で悪名高い青酸である。「天神様を25〜50g食べると生命の危険がある」なんて記述もある。「梅の種の中には神様がいらっしゃるので食べてはいけない」と親に言われて育った知人もいた。 それを毎日食べていた私。アミグダリンでナムアミダブツになるところだった。 アミグダリンはブドウ糖とベンズアルデヒドと青酸が結合したものであり、このままの状態だと毒性はない。ブドウ糖を切り離す酵素であるグルコシダーゼが働いて、初めて青酸が発生するのだ。とすると、私はこの酵素が働かなかったのか、それとも単に食べた量が少なかっただけの問題か。 いま、女性の間で梅干しがブームらしく、有楽町の梅干し専門店「うめ八」も大にぎわい。けど、天神様には要注意。 天神様の細道は「行きはよいよい帰りは怖い」のである。
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