883.流し台(2018.8.27掲載)
スイカをおいしく食べる儀式がある。 それは、玉をポンポン叩く品定めではなく、ピタゴラス的8等分で包丁を入れる技でもない。もちろん、甘いのかしょっぱいのかわからなくなる塩ふりでもない。 儀式に必要なのは流し台だけ。井戸水で15℃に冷やしたスイカを息つく間もなく浴びるように流し台でかぶりつく。ただそれだけ。 シャワシャワと連続的に頬張りながら口のまわりをベトベトにする。種が飛び散ろうが胃の中に入ろうが、そんなことは関係ない。その時、ぜいたくにむさぼるという物理的恍惚感と、服と台所と口のまわりをよごしてしまう幼少回帰への憧憬が交錯し、最高の興奮状態を迎えるのだ。 「祭ばやし」「サマーキッズ」「ひとりじめ」「ダイナマイト」といったスイカの品種名を見てもわかるだろう。子供のように、やんちゃに、そして豪快に食べるんだ。お皿に乗っけてスプーンで食べているおぼっちゃま、スイカはメロンじゃない。庶民の果物なんだ。 ところで、スイカは果物じゃなく野菜だという人がいる。果物と野菜は木になるか草になるかで区別され、草になるスイカは定義上野菜ということになる。 果物の語源は「木だ物」。「毛だ物」が獣になったように、木になるから果物なのだ。 一方、実だけを食べるのが果物で、葉や茎や根っこも食べるのが野菜という考えもある。となるとスイカはやっぱり果物だ。果物がいい。ダイナマイトなんていうファンキーな品種は野菜に不似合いだし、野菜ジュースにスイカ味は合わない。 南アフリカのカラハリ砂漠が原産というスイカの野生種を発見したのは、イギリスの医療伝道者リビングストン。灼熱のただ中で水の玉にたどり着いた時の高ぶりは想像に難くない。 ならば流し台でかぶりつく現代のスイカは、タイムトンネルのオアシスなのか。 さあ、準備を整え、センチメンタルジャーニーに出かけよう。流し台で真っ赤なスイカがお待ちかねだ。
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