885.原価ゼロ(2018.9.10掲載)
人里離れた山深き集落に、ぽつねんとたたずむ古民家風の料亭一軒。 「家庭菜園の有機野菜と板長が釣る海の幸でおもてなし」 なんとなく期待できそうなコピーじゃないか。 「かまどで炊くご飯がメインです。自信あります」 うん、しろめし大好き。 「素材に限りがあるため、1日1組のみとさせていただきます」 よし、早く行かなきゃ。 前情報で膨らんだ期待を胸に、明治時代の日本家屋を再現したという山奥の料亭に足を踏み入れた。おぼろ月夜に鈴虫が鳴き、ロケーションは最高。 5000円の会席コースはまずまず。家庭菜園のカボチャ、ナス、シイタケ、ピーマン、板長が釣ったタコ、おいしいかまどしろめし。そしてデザートのスイカも板長作。箸を置いてふと考えた。 「これって原価いくらなんだろう」 楽しく作った野菜と楽しく釣った魚とおいしく炊いたしろめし。頭がくらくらしてきた。通常、料理屋の食材原価率は30%前後であるが、ここはゼロではないか。 「この粗利益なら1日1組で十分だぜ」 こんな捨てぜりふを闇に吐いて山を降りた私は、親戚から請け負った「夏休みの読書感想文」に精を出した。小学生から高校生までジャンルは不問。原稿用紙1枚1000円、成功報酬は入賞5000円。 「課題図書をしっかり読み込み、依頼人のレベルに合わせた文章に仕立てます」 「依頼人のエピソードをつかみにし、小説の主人公との重ね合わせがメイン。締め括りの主題総括にも自信があります」 「体力に限りがあるため、1夏5本のみとさせていただきます」 残念ながらこれまで一度も入賞したことがなく、クライアントである親戚の信頼も怪しくなってきたのだが、今夏も無事納品完了。楽しく読んで楽しく書いた上に原価ゼロのおいしい仕事。 ぼったくり料亭と同じ原価計算なのである。
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