887.大黒柱(2018.9.24掲載)
和風ダイニングブームで、新しい家具や柱を黒光りさせて古く見せる加工屋さんが大いそがしだという。 これはアンティークフィニッシュと呼ばれる手法で、京都桂離宮の再建では屋根裏にたまった400年前のホコリを硫酸と共に柱に塗り込み、失われた時を取り戻した。 街に出ると、そんなアンティークフィニッシュで小ぎれいにまとめた昭和レトロ系の飲食店が大にぎわいである。味のレベルは総じて低いが、「隠れ家的」「和のおもてなし」などのコピーにつられた平成人たちが、「なんかほっとする」とか「どこかなつかしい」などのふざけたセリフを吐いて浮かれている。 私はちっともなつかしくなんかない。 ひなびたレトロ家具や、たそがれた古障子なんかに囲まれると、昔の貧乏時代を思い出して悲しくなってしまう。 先日、昭和40年代を過ごした生家を取り壊すというんで、30年ぶりに最後の勇姿を拝みに行った。 その感想は、「廊下って、こんなに狭かったっけ」でも「裏の倉庫、こんなに小さかったっけ」でもなく、「こんな粗末な家に住んでいたのか」だった。 ロバのパンのテーマソングが「チンカラリンロン」とこだました暗い路地裏。スポンジ製の目張りですきま風を防いだ破れ障子。 ギシギシ廊下を夜ごとホラーな冒険行だったおばけトイレ。 想い出は時に美化され記憶の中ではセンチメンタルな輝きを放っているが、現実は暗い土壁とぎりぎりの暮らしばかりが目について、ちょっと悲しかった。 昭和ブームに水を差すつもりは毛頭ないし、隠れ家で浮かれる若人がうらやましいわけでもないが、とにかく、昭和はすごかったんだ。 ふと、小学1年の時に遊びに行った川沿いに住むT君のことを思い出した。土手の緑地帯にあるT君の家は、そこにある樹齢100年の木を取り囲むように建てられていて、部屋に上がると真ん中にリアルな大樹がニョッキとそびえていた。 「これがほんとの大黒柱だぜ」 T君は明るく笑っていた。 とにかく、昭和はすごかったんだ。
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