898.アバウト発酵学(2018.12.10掲載)
国立大学農学部の学生に「腐敗と発酵の違いは何か?」という質問をして、答えに窮する場面にけっこう出くわす。 何を学んでいるのか。 TCAサイクルとか酸化経路といった専門的なメカニズムを修める前に、物事の本質を見極めてほしい。 正解は「人間の役に立てば発酵、役に立たなければ腐敗」である。すなわち微生物の営みは同じでも、役に立つかどうかで真逆の事象となるのだ。 日本の伝統食品は、その多くが発酵食品である。 味噌、醤油、酒、みりん、納豆、鮒寿司、かつお節…。 たまたま微生物に侵されてしまった貴重な食材を「腐敗」と決めつけて捨てるのではなく、なんとか活用して「発酵」にもっていった日本人の知恵はすごい。そして、稲藁に包んだ煮豆が藁の菌で納豆になり、江戸に下したかつお節にかびが生えて枯節になった。 だから、発酵食品はちょっとだけアバウトで、逆境に負けずピンチをチャンスに変えることができる日本人の得意技だと思っていた。 しかし、熱帯地方にも世界に広がるすごい発酵食品があった。それは、チョコレート。カカオ豆の発酵が灼熱の赤道直下で行われているのだ。 まず、ラグビーボール大のカカオの実「カカオポッド」から、カカオ豆とパルプを取り出す。この時使用するナイフや農民の手、発酵設備の木箱とそれを覆うバナナの葉などに微生物(酵母、乳酸菌、酢酸菌)が常在していて、パルプの糖分を栄養源として4〜7日間程度の発酵が進行する。 発酵の目的は、香り付け、色付け(発酵前のカカオ豆は白い)、渋味と苦味の除去などであるが、チョコレートメーカーの研究者をして「デタラメ」と言わしめた熱帯地方のいい加減な発酵で、最終商品が規格内に収まるのは神業。 そもそも発酵は目に見えない微生物の仕事であり、所詮はブラックボックスで謎に包まれた工程である。しかし、それをコントロールして安全な加工食品に仕上げ、食卓に提供するのがメーカーの仕事。デタラメはまずいが、ある程度のアバウトを受け入れる鷹揚さがないと、発酵食品は扱えない。 日本とアフリカ。アバウト発酵学でつながる食文化の絆なのである。
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