919.尾崎秀実(2019.5.13掲載)
世の中には見た目が自分とそっくりな人間が3人いるというが、私の場合、尾崎秀実(おざきほつみ)氏が間違いなくそのうちの1人だと思う。 尾崎氏は、日米開戦の直前に「ゾルゲ事件」の首謀者の一人として逮捕、処刑された共産主義者で思想的には真逆の人物であるが、尾崎氏を知るきっかけにかつお節が絡んでくるからこれまた他人とは思えない。 それは、ある日の読売新聞「編集手帳」で紹介された、尾崎氏と家族とのやりとり。 尾崎氏の逮捕で収入が途絶え、蓄えを食いつぶす暮らしを13歳の娘が心細がり、「かつぶしを削るやうだ」とつぶやく。氏は拘置所から、心配するなと手紙を書いた。 「かつぶしを削ってそのだしをすつかり吸収してくれればいゝのです。一日一日を元気で勉強して育つてゆけば、かつぶしの役目は立派に果たされるのです」 思えば、子をもつ親とは「かつぶし」かも知れない。心身を削り、だしの風味と栄養が子の行く末に助けとなることを祈りつつ、やがて消えていく。…と編集手帳は締める。 すばらしい。かつぶし賛歌、かつぶしエレジー、いや、かつぶしオマージュである。ここまで美しくかつぶしを語った文章を、私は知らない。 野暮を承知で補足すると、身を削って風味と栄養をだしに捧げたかつぶしは、半量の水でもう一度2番だしを引かれた後、醤油と砂糖で佃煮に、乾燥してふりかけに加工される。親の愛情同様、常に脇役ながら無駄な部分がないのがかつぶしなのである。 このようなかつぶしの利用度の高さは、食べ残し率の高い和食の世界では貴重。外食産業の食べ残し率は平均3.1%だが、和食は4.3%とお残しが多いのだ(中華2.9%、焼肉2.4%)。刺身のつまや魚の骨を残すからかな。 捨てるところなしのかつぶし。おいしく食べるコツは削ってすぐ食べること。あつあつ卵かけごはんの上に、削りたてのかつぶしと醤油。 けど、削ってもすぐには伝わらないのが親の愛情。 泉下の尾崎秀実氏が本当に他人とは思えない没後75年の初夏なのである。
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