930.極限環境(2019.7.29掲載)
極限環境微生物という研究領域がある。 100℃の高温、1000気圧の高圧、20%の塩分、手が溶けるほどの強アルカリなど、超苛酷な環境下でたくましく生きる微生物に光を当て、その潜在能力を産業に活かそうという学問である。 例えば、火山の火口近くで100℃の土壌中に成育する微生物には耐熱性があり、この微生物から取り出した酵素もまた熱に強い。通常は60℃前後で力を失ってしまう酵素が100℃で使えるし、室温でも安定性抜群。 そして、最も有名な極限エピソードに「こえだめ分解酵素」の話がある。 今から50年ほど前、ある研究者がアルカリ環境下で繊維を分解する微生物を発見し、その微生物から取り出した繊維分解酵素を「こえだめ」に利用することを考えた。 当時は水洗トイレの普及率が低く、こえだめ内容物の強固な繊維質が回収の妨げとなっていた。アンモニアが充満し、アルカリ状態のこえだめでの活躍を酵素に託したが、技術が完成した頃には水洗トイレが普及して日の目を見ることはなかった。 しかし、そこは極限に耐えてきた酵素。長い潜伏期間を経て、1987年に家庭用洗剤に配合され堂々デビューしたのだ。繊維をやわらかくして隙間汚れを落とす酵素パワーのコンパクト洗剤。 極限環境を生き抜き、こえだめで辛酸を舐めた果ての晴れ舞台なのである。 洗剤用酵素の成功以来、これは宝の山ということで極限環境微生物探しが盛んになった。温泉土壌、海底火山、深海生物…。 けど、キワモノを探せばいいというものではないように思う。極限環境で暮らす微生物が、極限まで追いつめられた研究者の手で極限状態に置かれる。成果とは、そんなギリギリの攻防の果てに得られるものなのだ。 アスリートが高地トレーニングで自身を極限に置くように、極限でひらめいたアイディア、極限で飛び込んだ得意先、極限で頭を下げたクレーム処理。 そんな極限の日々に身を置いたからこそ生まれる成果物があるように思うのである。
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