962.ジャン・バルジャンのパン(2020.3.23掲載)
今から20年前、「ミュージカルは、なぜセリフを歌わなければいけないのか」という疑問を解決するべく、「オペラ座の怪人」を観に行った。 以来、ミュージカルにはまってしまって計20作品。奇数年に上演される「レ・ミゼラブル」に至っては、通算7回のリピーターである。 で、疑問の答えとして会得したのは、「ミュージカルは芝居ではなく音楽だ」ということ。芝居という観点から捉えると会話が歌なのは不自然かもしれないが、音楽にストーリーが付いたエンターテイメントと考えれば感動が素直に胸に染みる。 芝居か音楽か。 物事は常に2つの側面を併せ持つ。 トウモロコシのように。 以前、アースポリシー研究所のレスター・ブラウン博士の「トウモロコシの2つの側面」についての講義を聞いた。 すなわち、「食糧かバイオ燃料か」。 トウモロコシは食糧として最も重要な穀物であり、日本は世界最大のトウモロコシ輸入国。飼料としてのトウモロコシがないと、牛乳も卵も牛肉も豚肉も鶏肉も生産できないのだ。そして、その大部分がアメリカからの輸入に依存している。 なのにアメリカはバイオ燃料ブームで、アメリカで生産される穀物の30%近くが燃料生産に使われるらしい。だからトウモロコシの価格も高騰してしまった。「世界のパンかごであるアメリカが、自動車社会の燃料タンクに変わりつつある」とレスター博士。 世界中の約12億台の自動車と、世界中の約46億人の貧困層が同じ食糧資源を奪い合っていることになる。 レ・ミゼラブルの主人公ジャン・バルジャンは貧しさに負け、一切れのパンを盗んだ罪で19年間牢獄に入れられる。 もしかすると、自動車業界と貧困層がトウモロコシを奪い合い革命を起こして観衆の涙を誘う、そんなミュージカルが上演される日が来るかもしれない。 悪い冗談を想像してしまう昨今の食糧事情なのである。
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