977.失踪ミツバチ(2020.7.6掲載)
最近、鉄分が高くなってきた。専攻は、出張先で夕暮れ時に民家の間を縫うように走るひなびたローカル線の乗り鉄である。 車内で必ず頭をよぎる妄想がある。 「このまま失踪してみたい」 自分のことなど誰一人知らない異郷の地で、一からやり直す。染みついた垢としがらみを捨て、リセットした自分を想像してみる。詮無い願望ではあるが、ささやかな鉄旅の一興としては悪くない。 そんな願望を叶えてくれるのが、アランジアロンゾ著の写真絵本「どこへいくカッパくん(角川書店)」。 主人公のカッパくんは、ある日なんだか切なくなって朝一番の電車で海に向かう。そして、車中で居眠りして見た変な夢で、もうひとりの自分がこう提案するのだ。 「いい考えがある このまま失踪する で、やりなおす」 どこでやりなおしているかは不明だが、2006年に突然失踪してしまった生物があった。ミツバチである。 当時、世界中で不可解なミツバチの失踪が相次ぎ、数百万もの巣箱が空になり、授粉を必要とする100種類近くの作物が危機に瀕した。 日本国内でもミツバチ不足は深刻で、イチゴ、メロン、スイカなどの栽培に影響が出た(日本で飼育されているミツバチの約2割が授粉用)。ミツバチ泥棒なんて一見メルヘンな犯罪も発生したりして。 全世界におけるミツバチの授粉作業を労働コストに換算すると、2150億ドルにもなるらしい。つまり、ミツバチがいなくなれば、この金額がそのまま農作物の単価に乗ってくる。また、アインシュタインの「ハチが地球上からいなくなると人間は4年以上生きられない」という真偽不明の予言まで取り上げられたりして。 2013年に失踪の原因はネオニコチノイド系農薬だとEUが発表したが反論も多く、確定はしていない。ならば、ぜひここに失踪願望説を加えてもらいたい。 働き続けたミツバチの思い切った行動に、自身を重ねてみるのである。 「いい考えがある このまま失踪する で、やりなおす」
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