979.グルメ武将(2020.7.20掲載)
最近、昔の大河ドラマの再放送をよく見るが、2回目なんで特に食事シーンに注目して楽しんでいる。 松嶋菜々子が輝いていた「利家とまつ」では、まつの作った味噌汁がよく登場したが、タッキーの「義経」は食事シーンが少なかった。 時代考証的には、田舎暮らしの質素な生活を好んだ頼朝の食事が簡素だったから仕方ないのかもしれない。貴族に憧れ、贅を尽くした平家の滅亡は食事にあったともいわれており、清盛を反面教師にしたのだ。 時代が動いて政権が北条家に移ると武家の暮らしはさらにシンプルになり、狩猟で捕らえた鳥獣をそのまま食べる自然調理となる。塩や酢などの調味料は食卓で食べる時に利用する程度で、調理の過程で味付けすることはほとんどなかった。 それが、戦国時代になると調味料が飛躍的に発達し、戦のためにも美味しい食事を追求するようになるのである。 戦国武将の食事を検証してみる。 チャレンジャー信長。 南蛮文化に興味を持った織田信長は、宣教師からパンや獣肉やこんぺいとうを入手して新しい味に挑戦した。ただし、合戦前にはお茶漬けを立ったままがっつき、勝利へと邁進する。 ヘルシー秀吉。 日本一の出世男である豊臣秀吉の好物は、苦労人らしく大根とごぼう、それにお粥。結果的に健康食。しかし、長寿を追求するあまり食したトラの肉が腐っていて、63歳で命を落とす。 イソフラ家康。 当時の平均寿命の倍近い75歳まで生きた徳川家康は、三河の焼き味噌を好んで食べた。大豆100%の三河味噌はイソフラボンたっぷりで長寿に貢献。ちなみに、家康の死因も鯛の天ぷらの食あたりとされている。 時代を作った人は常に挑戦者。そして、誰よりも健康に気を遣う。 大河ドラマが再開したら、光秀の食事を精査する所存である。
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