「風流物語」 十二.制服とそばまき大
共通一次試験も無事終わり、自由登校となった二月であるが、世間はホテルニュージャパンの火災と、片桐機長の逆噴射で異常な騒がしさであった。かといって二次試験が無くなるわけでもなく、校内は、相変わらず盛り上がることの少ない季節に浸かりきっていた。 高校生活最後のバレンタインデーも、クラスの女の子全員からの心の無い形式チョコだけであり、受け取る方としても、来るとわかっているジャイアント馬場の十六文キックをロープから加速をつけて飛び込んでいく、あのラッシャー木村のような素直さでもって喜んでしまうという状況であった。 そんな中で、数少ない行事の一つである予餞会が三日後に迫っていた。といっても今回僕たちは送られる側であり、殆どの生徒は、ただ座ってステージの上のバンド演奏とか芝居とかを見ていればいいだけなのである。 ところがどういうわけか、三年生を代表してお礼の言葉を言う筈の生徒会長の徳田くんが二日前から失踪してしまい、家の方でも連絡が取れない状態で、そのお礼の言葉を喋る役が副会長の僕に回ってきたのである。 副会長といっても、僕の場合は名前だけであり、生徒会役員は、半径二キロ以内に住んでいても自転車通学ができるという特権欲しさに、選挙で当選した徳田くんを脅迫して指名させたという不埒な副会長である。 もちろん、生徒会の仕事など一回もしたことがない。それだけに、最後の大仕事を立派につとめ、ステイタスを実のあるものにしたいという意気込みは十分にあった。 「最初の一言は『みなさんこんにちは、副会長のリバース片桐です』でええかなぁ」 僕は、珍しくメンバー全員が揃った風流で、こう切り出した。 「それより『ファイヤー横井』の方がうけるんやないの」 相変わらず心のこもらない矢中くんが、無責任に突っ込んだ。 「やっぱり、片桐とか横井とかは、あんまりタイムリーすぎてまずいんじゃない?ここは無難に『村田だ、ガムくれ』でどやろか」 「そやなぁ」 どこが無難なのかよくわからないが、今回は、一年前の生徒会長選挙に立候補し、演説経験のある田岡くんの意見に従うことにした。 「焼けたよー」 今日は、そばまき大とうどんまき大を二枚ずつ焼いてもらった。これを、メンバー八人で半分に分けて食べる。本当は、みんな一枚全部を十分食べられるくらい腹が減っているが、八枚を一度に注文するのは、ウメばあさんに倒れろと言うようなもので、とてもそんなことはできない。 「けど、気合い入れてうけ狙ても、はずした時にゃ目も当てられんで」 一ノ瀬くんが、そばまき大に切り目を入れながらこう言った。 確かに、インベーダーゲームでも、三百点のUFO狙いの二十三発目のミサイルをはずした時のショックは大きい。 僕も、そばまき大に切り目を入れたが、それは犬井くんのうどんまき大であった。 下手な人が焼くと、うどんまきの方がボリュームが出て膨れてしまい、一目でそれとわかるのであるが、ウメばあさんの年期は、その違いを広島カープの山根と団しん也の違いくらいにしてしまう。 今度はそばまき大に切り目を入れた。 「あー胴が痛い」 洗い物が終わったウメばあさんは、こう言って流し台の横のスポンジの出かかった赤い丸椅子に腰を下ろした。鉄板と冷蔵庫と流し台とテレビがひしめく六畳の土間に、高校生が八人も入ると足の踏み場はない。 「かあちゃん手伝おか」 それなのに、何を思ったのか、よしおさんが洗い物が終わるのを見計らったように、奥の部屋から出てきた。 今でこそ髪の毛が昇華してしまったよしおさんであるが、れっきとした南田高校OBである。僕たちの話に首を突っ込みたかったのかもしれない。 「なぁーんもすることないぞな」 ウメばあさんのよしおさんに対する口調は相変わらず厳しい。 よしおさんは何も喋らずに、また奥の部屋に戻ってしまった。昔の南田高校の話を聞いてみたかったのだが、三上くんのけむたそうな顔が、僕の口をふさいだ。 「なんか喋るネタあるの?」 一番に食べ終わった津山くんが聞いてきた。 「そやなぁ、五分間喋らないかんけん・・・。ロンパールームの、例のきれいな『き』で始まる言葉の話なんかどうやろ」 「あの話なぁ・・・。おもしろいけど放送禁止用語が出てくるやろ」 「ええやん別に、体育館なんやけん」 「そらそやけど・・・」 「まぁ、話す内容は別として、みんな来てバンバン笑てよ、笑い屋してもらわんと、当日」 「行くがな、行くがな」 口ではこう言っているが、実は僕が一番恐れているのがこれである。いつものパターンだと、いてもいなくてもわからないこの手のイベントの時は、『竹』でコーヒーを飲むのが常である。おもしろい話をする自信はあるが、最前列の笑い屋七人がいるのといないのとでは、安心感が全然違う。 「たのむで」 「わかったわかった」 やはり、ここでいくら念を押しても同じだ。 卒業すれば、いくらでも竹でコーヒーが飲めるのに・・・。 『卒業証書抱いた傘の波に・・・』 その時、絶妙のタイミングで風流の白黒テレビから松田聖子の『制服』が流れてきた。松田聖子と風流の白黒テレビ。まさに、流行とかお洒落とかというキーワードで括った場合に両極に位置するこの両者であるが、そこに、卒業目前の高校生という触媒の存在を得て、見事に融和してしまっている。そして、一ノ瀬くんの一言。 「もうすぐやね・・・」 しんみりとした雰囲気の中、僕の胸に、ある種の安心感が顔を覗かせた。 (みんな来てくれそうな気がする) 問題は、この連中たちがいつまでセンチメンタルな気分に浸っていられるかである。 『四月からは都会に行ってしまうあなたに』 彼女の歌は続いた。
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