「風流物語」 八.ペテン師とそばまき小
「竹」を出た僕たちは、ぎんきょーこと銀天街の「パチンコ共栄」の新装開店時間を確認してから風流に行くことにした。月々三千円程度の小遣いでやりくりする高校生にとって、パチンコ屋の新装開店時間を確認することは、修学旅行の出発時間を確認すること以上に重要な問題なのだ。 ショートホープを一日に一箱吸うとしてそれだけで一月三千円、それに、喫茶店のコーヒー代が四千円程上乗せされる訳だから、アルバイトが禁止されている南田高校生としては、パチンコで稼ぐ以外に方法はない。 「新装開店五時オープン」と書かれたその看板には、「新機種ターボR導入」との朱書きの文字も踊っていた。 「ターボRいうて何やろ?」 一ノ瀬くんが首をかしげた。 映画館に勤める親戚が毎月持ってきてくれる映画の無料招待券を、一枚三百円で売って収入源としている僕は、他の連中程パチンコへの依存度が高くないため、新機種のことなど全くわからない。 「ボクシングとか、カニさんみたいな台じゃなくて、何かデジタル式の台いうことは噂で聞いとったけど・・・」 ぎんまること「銀天街のパチンコ丸の内」をホームグラウンドにしている津山くんも、確かなことは知らないらしい。 「まぁ、とりあえず風流行こや」 「そやね、こんな時間に制服で銀天街うろうろするんも恥ずかしいし」 僕たちは銀天街を出て、中の川通りを横切った。 中の川通りは、中の川という幅五メートル程の川を挟んだ三車線ずつの通りであり、この通りの北側が商店街、南側が住宅街という境界線の役目をしている。つまり、この通りの南側に住む者にとって、「街に行く」ということは、「中の川通りを越える」ということを意味するのである。 風流は中の川通りを越えて二、三分の所にある。 「まいどーっ」 レールに土が乗り、持ち上げながらでないと動かなくなってしまった戸を開けて、僕たちは暖簾をくぐった。 「あれっ、三上くん何しよんで」 「うん、ちょっと腹減ったけん」 三上くんは一人で鉄板の前に座り、うどんまき小が焼けるのを待っていた。 「僕らいつものね」 いつものということは、僕と一ノ瀬くんがそばまき小で、津山くんと矢中くんがうどんまき大である。ウメばあさんは自分の歳こそよく忘れるが、僕たちのいつもの注文と、つけにした金額だけは絶対に忘れない。 ウメばあさんは、焼きかけの三上くんのうどんまき小を少し横へずらし、水で溶いたメリケン粉を鉄板の上に落とした。自分で焼くシステムのお好み焼き屋のメリケン粉は、素人でも型が取れるように水を少な目にしているが、風流のそれはさらさらで、「ベティクロッカーズ」のクレープのように、鉄板の上を同心円状に広がっていく。 そして、いつものキャベツを刻む音、ザクッザクッというBGMにのせて、熱くなったメリケン粉の呟きが聞こえてきた。心がなごむ。そのキャベツをメリケン粉の上にのせ、更に天かすと竹輪をのせる。無造作に並べているように見えるが、均一になるようにちゃんと考えている。 最初にメリケン粉と具材を混ぜてから焼く関西風であれば、均一に混ざるのは当然であるが、広島風でそれをするのは結構難しい。しかも、出来上がったときには関西風である。 その傍らで、そばとうどんを焼く。大は一玉、小は半玉である。ソースをからめ、香ばしく焼き上がったそばやうどんをキャベツの上にのせ、更に水で溶いたメリケン粉をかける。八十四歳、ウメばあさんの職人芸である。 三上くんが来たのは十五分程前だそうであるが、ウメばあさんのお好み焼きは、十五分や二十分遅れて焼き始めても出来上がる時間は殆ど同じなのだ。お好み焼きはみんなで一緒に食べた方がおいしいというウメばあさんの心遣いで、わざと出来上がりを合わせているのかもしれないが、いつも不思議に思うことの一つである。 「三上くん、何か元気ないんじゃない?」 他人の皮膚をつねることが三度のメシより好きな津山くんが、三上くんの右腕をつねった。確かに今日の三上くんには、いつもの日体大系の明るさがない。 「ペテン師の二番になったんよ・・・」 三上くんが呟いた。 「何か詐欺でもしたんか?」 「いや、かぐや姫の曲で『ペテン師』いうんがあるやろ、あの二番よ」 一メートル八十センチで八十キロ、おまけに角刈りで顔がごついという典型的硬派の三上くんの口から、「ペテン師の二番」という詩人のような言葉が出てきたのは意外だった。それはまるで、星一徹が編み物をするような、そんな違和感に包まれた言葉であった。 「ペテン師の二番ということは・・・、三上くん、彼女できた?」 「どうもそうみたい」 かぐや姫通の一ノ瀬くんの問いに、三上くんは他人事のように答えた。 「ペテン師」の二番は、その詩の主人公が、人も羨むような美人の奥さんをもらったのだが、それと引き替えに自由を手放し、心のどこかで寒い風が吹くという内容である。ひとりぼっちの幸せを退屈な毎日にすり替えた人生のペテン師ということになっている。 「相手だれ?」 「二〇四ホームの前田さん」 「かわいいやん、ひゅーひゅー」 「ひゅーひゅーじゃないで・・・、僕だけ彼女できてしもて。みんなと遊べんやん」 「そら仕方ないわい、僕ら男同志で遊ぶ方が楽しいんわかっとるけん彼女作らんのに、三上くんが目先の彼女に釣られたんやけん」 目先の女子に釣られ、男子九人、女子三十六人の文气Rースを選んだ津山くんが自分のことを棚に上げ、きつい口調で諭した。説得力はない。 確かに、男同志で遊ぶ方が彼女とデートするより何倍も楽しい。矢中くんなどは、風流に出入りするようになってから彼女と別れたという「ペテン師」の一番のような男である(一番の主人公は恋人と別れ、自由を取り戻して心の中で赤い舌を出して笑う)。 彼女ができれば、自分の時間や男同志で遊ぶ時間は確実に減る。それを覚悟の上で彼女を作るのは、相当に勇気の要ることのように思う。本当は、みんな彼女が欲しいのかもしれない。ただ、そうすることによって自分の時間を失い、仲間と行動を共にできなくなってしまうことが恐い、単なる臆病者にしか過ぎないのではないかという気がする。「男同志で遊ぶ方がいい」などと恰好のいいことを言って、実はただ安住の場所に逃げているだけなのかもしれない。 「焼けたよー」 やはり、十五分早く焼き始めた三上くんのうどんまき小も、僕たちのと同時に焼き上がった。 「いゃぁー、やっぱり若い子はええねぇ」 ウメばあさんは、一番大きなヘラを鉄板に立ててニコニコしている。 「聞きよった?僕らの話」 「いゃぁー、ようわからんけど、ちょっとぐらい早う焼き始めても出来上がりは一緒やけん、気にすることないわい」 「はぁ?」 ようわからんのはこっちの方であるが、何となく奥の深い言葉というか、ウメばあさんから人生のアドバイスらしきものを聞いたのは、これが始めてであった。 僕もそろそろ焼き始めた方がいいのかもしれないと思った。
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