「風転 上・中・下」
花村萬月著 集英社文庫 定価686円 ある作家が、「文学の究極のかたちは性と暴力である」と語っていた。確かにそうかもしれない。他のメディアではとうてい不可能な描写も、表現の自由という錦旗の下、作家のペンと読者の想像力さえあれば実写以上にリアルに体感できる。 花村萬月氏は、そんな文学のメリットを最大限に利用する作家である。芥川賞を受賞した「ゲルマニウムの夜」もその一典型。読後、倒錯感と圧倒的筆力にしびれ、気圧されたことを思い出す。とにかくすごい。ほんとうにすごい。 本書は、そんな花村氏の自伝的小説ともいえる渾身の長編。オートバイで全国を放浪したという花村氏同様、主人公の少年ヒカルもCB400SFで北へ南へ風転する。父親を殺した後で。 ヒカルが憧れるヤクザくずれの鉄男もGSX250で共に転がる。十一人殺した後で。 つまり暴力。 この二人に刑事とスナイパー、そして三人の女性が絡む。 つまり性。 恥ずかしながら、性と暴力には本能をくすぐるおもしろさがある。よほどのきっかけがない限り本を閉じられない魅力がある。 本書は、素直に読めば少年ヒカルの成長物語であり、バイクで旅するロードノベル。深く読めば、中卒で全国を放浪し、高等教育を受けずして芥川賞を手にした作者の自伝。いやしく読めば、性と暴力の欲望うごめく官能小説。 いずれにしても、その深みと厚みによって読者自身の深みと厚みを試されているのである。 バイク乗りでもなく、放浪経験もなく、たぶん暴力的でない評者であるが、身体の芯から深みにはまってしまった。 恐るべし花村文学なのである。
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